人種や文化の多様化が進み、エシカル先進国で、オーガニックも当たり前のように定着しているといわれるニュージーランド。そのニュージーランドでYuka O’Shannessy(オシャネシーゆか)さんは、日本の職人技による品々とニュージーランドの作家さんの作品を中心としたコンセプトショップAN ASTUTE ASSEMBLY(アン・アスチュート・アッセンブリー)を営んでいます。伝統とモダンさを兼ね備えるお店でYukaさんに出会った鎌田は、人との縁を大事に一歩ずつ進んできたYukaさんの姿勢に惹かれ、インタビューを依頼しました。
今回は後編。AAA が生まれた経緯を中心に、お考えを聞きました。

 

 

■大きな夢を諦めてニュージーランドへ

安里紗:AN ASTUTE ASSEMBLY(以降AAA)の店舗ができたのは1年前と聞きましたが、どういった経緯でできたのですか? 22歳まではアスリートでいらっしゃったんですよね。

Yuka:そうなんです。小学校の時からマラソン選手で、高校卒業後はオリンピックを目指して実業団に進みました。でも怪我で続けられなくなってしまって。

安里紗:ハーフマラソンで日本最高記録(当時)を打ち立てたことがあると、とある記事で読みました。さまざまな世界大会にも出場されていたんですよね。ずっとやってきたことができなくなるというのは大変なことで、心が折れてしまうのではないかと思うのですが、どのようにここまで進んでこられたのでしょうか。

Yuka:そうですね。たぶん、怪我で悩んだのは2年くらい。寮生活をしていて、シビアな環境で自分の怪我と戦っていた時期が長かったんです。チームメイトがみんな国外の試合に出ているときなどには悩んで……。ベッドから起き上がれない時期も1ヶ月くらいありました。

ものごとって始めるのは簡単だけど、やめるのはすごく大変だといつも思うんですよ。若い時は特に周りがどう思うだろうと気になるし、応援してくれている人に失礼だとも思うし。でも悩んで悩んで自分の限界を知って、自分の意思でやめたので、後悔は一切なかったです。これ以上続けられない、という状態でもありましたし。


■ニュージーランドに渡り、洋服のブランドを立ち上げた

安里紗:そうだったんですね。その後にニュージーランドに渡ったのですよね。

Yuka:はい。引退後、英語が勉強したいと思ったので友人のいるニュージーランドに来ました。そしてビザが切れるちょっと前に今の夫のトリスタンと出会ったんです。彼の影響でファッションの勉強がしたくなって大学で学びながら、こちらの洋服のブランドでも働いていました。最初は英語が苦手で、緊張で膝を震わせながら、エッセイ書いたりプレゼンしたりといった生活でした。

でも、そんな状態でもいろんなことが新鮮すぎて幸せすぎて。それまで一つのことしかやらずにいて23歳の時にこちらに来たので、やろうと思ったらこんなにいろんなことができるんだーって、うれしくて。昔も今も仕事ではもちろん大変なこともありますが、楽しい形になるまでやってみたいと思うんですよね。



安里紗:大変なことを乗り越えてきているから、頑張れるのですね。その後、ご自身でブランドを立ち上げたのですよね。どんな経緯だったのでしょうか。

Yuka:出産をして育児に専念していたのですが、ある日、当時一歳だった次女が急に泣き出して。あやしている時に、テレビをつけたら東日本大震災の映像が流れていたんです。子育てしながら、自分でブランドをやってみたいなとずっと思っていたのですが、その映像を見て明日がいつもあるわけではないと気づいて、やりたいことがあるなら自分ができることから始めていかないといけないと思ったんです。それで「Yuka&Tristan」というブランドを立ち上げました。最初は東日本大震災への義援金集めとしてファッションのコレクションを作りました。



安里紗:やりたいと思ったことはどんどん形にしていくようになったのですね。

Yuka:そうかもしれません。性格的なものもあると思いますが。
やっているうちに形にしにくいことや背伸びしちゃうことも出てくるんですけれど、ハードルが高いことをやりたい時には、いろんな人に言ってみるんです。そうすると、「こういう人がいるよー」「こうやってみたら」と周りが助けてくれる。言っちゃったから頑張ろう、と思いますし。

安里紗:そうやって背中を押されてどんどん進んできたんですね。



■ファッション業界の慣習に疑問を持ち、やり方を考え直す

安里紗:「Yuka&Tristan」は今はどんな形でやっているんですか?

Yuka:実は、いったん洋服を作るのはお休みしていました。ファッション業界の在り方に疑問を持ち始めてしまって。今は、AAAで実店舗を持って洋服を見せる場も作れたので、少しずつ納得のいく形で再開したいなと思っています。

今振り返って思うのは、自分がやりたかったことはファッションではなかったのかもしれない、ということです。やりたかったのは、自分なりの美学、デザインを表現すること。その一つがファッションだったんですよね。なので、作りたいもの、表現したいものがあれば、今後も作品作りをしていこうと思うのです。なんだか人ごとのよう聞こえますね 笑



安里紗:ファッション業界への在り方への疑問というのは、具体的にはどのようなものだったのでしょうか。

Yuka:もともと実店舗を持っていなかったので卸で仕事をする必要があったのですが、そうなるとシーズンに合わせて生産し、マーケティングして宣伝していかなければならなりました。そのスピード感とその流れに対する疑問です。10年でも新鮮な気持ちで着てもらえる服をと思って作っていたので、シーズンに合わせて新作を作っていくのは違うなと感じました。これからの時代は、環境に良いものだったり、生産過程がサステナブルだったり、洋服をリサイクルしたりするようなものが求められていると思うんです。

安里紗:ファッション業界では2020Spiring & Summerとか、秋冬コレクションといった感じで出すのが一般的ですが、どうしてもそこに合わせてものを作ることになりますもんね。

Yuka:そう。もう一型パンツを作らないとコレクションにならないな、なんて思っちゃうんですよ。でもなんだか無駄なものをクリエイティブしている気がして

安里紗:型数が揃っていないといけないと思ってしまいますよね。シーズンごとに新しいものを売るという仕組みは、古いものの価値を上げることも難しくしますし。そういう業界の慣習にとらわれず、自分が本当に必要だと思うものを作って売っていきたいと思ったということですね。

Yuka:そうなんです。今娘が10歳と12歳なんですけれど、2100年には海抜が1メートル上がるんですって。娘の世代が暮らす地球ってどうなるのだろうと思います。無視できないですよね。少しずつ自分のやりたい服づくりのあり方が見えてきたので、また本格的に始めたいと思っています。



■人とのつながりを大事にするAN ASTUTE ASSEMBLY

安里紗:今のお店は1年くらい前にできたとのことですが、AAA自体はどういった経緯で誕生したのですか?

Yuka:ビジネスパートナーの下山陽子さんとの出会いがきっかけです。日本の良いものを伝えられたらいいねという話から始まったんです。陽子さんはアカウントサイドや仕入れのタイミングなど、私の苦手なことが得意なので、それぞれが持っている才能を融合させ、毎回いろんなことを話し合って二人で決めて、2倍速でビジネスを進めていこうとしています。

AAAを立ち上げたのがちょうど5年前。オンラインベースだったのですが、いろいろなご縁や多くの方のサポートに助けられて3年ほど前にオフィスを持つようになり、1年くらい前から自店舗を持つようになりました。


Yuka O’Shannessyさん(左)と下山陽子さん(右)。


Yuka:私には「ああ、こうしたいな」「こういうことができたらいいな」とアイデアや願望を抱え、遠い未来に焦点を当てて、どうやったらそこにたどり着けるかと常に自分に問いかける癖があります。そして出会った方々からアドバイスや支援をいただいたら、自分の肩書きにとらわれずに何でも挑戦するようにしています。なるべく“楽しく”やっていきたいと思っているので、ときに夢を脱線したり遠回りしたりすることもありますが。

振り返ってみると、私はいつも人に恵まれているんですよね。人との繋がりで仕事ができて、いつも助けられているので、私には何ができるかと考えるのです。


■家族がいるからこそ自分の力が引き出される

安里紗:お仕事のすてきな話をいろいろと聞かせていただきましたが、最後に1つだけ。Yuka&Tristanというファッションブランドも、AAAも、お子さんが小さなタイミングからスタートして続けられてきたんですよね。すごいことだなと思って。

ニュージーランドでハプニングがあって宿がなくなってしまった私を、Yukaさんがご自宅に数日泊めてくださったことがありましたよね。Yukaさんファミリーと一緒に過ごさせてもらうなかで、Yukaさんも旦那さんも自分が大事だと思うことをお仕事にされながらも、家族の時間もすごく大事にされていて素敵だなと思いました。日本だと、仕事と家族の時間のバランスに悩む人も多いですが、バランスはどうやってとっているんでしょうか。



Yuka:私のやっていることは家族のサポートの上に成り立っているので、いつも感謝しています。子供が小さかったときは特にそうでしたが、仕事も家事もできる範囲でしかできないですから。母親になってから、時間の使い方が上手になったと思います。家族がいることが、活力になっている事もありますし。ただ、それに気づいたのは最近なのです。

よく、「子供を授かってから、『この子のために頑張らなきゃ』って思うようになった」という人の話を聞きますが、私は最初はちっともそういう風には思えなくて……。すごい不利だと思ったんですよ(笑)。 今この時間は本当はあれがしたいのに、って思う時もありました。


でも、今は娘たちがしっかり育ってくれて、彼女たちが学校で聞いた話や友達と楽しい時間を過ごした時に考えたことを教えてくれたりして、人間対人間、一個人として話し合えるようになりました。そういう相手が身近にいて、とってもうれしいと思うんです。

それに4年前、娘が6歳と8際だった時に3週間くらいトレードショーのために日本に帰国して、家を留守にしたんですが、それだけ家を空けてもけっこうちゃんと回ったんです。だからといって毎年行こうとは思わなかったですけれど。「可愛い子には旅をさせよ」と言いますが、子供には親が守りすぎず、いろんな経験をしてもらいたいと思っています。とはいっても、無理しすぎたら爆発しちゃうから、そうなる前に適度にメンテナンスしつつやっている感じですね。

加えて、私、一人だったらご飯を作って食べることはほとんどなかったかもしれません。疲れていてもご飯を作って、それを楽しめているのは家族のおかげです。すごく大変な時にもう一踏ん張りする、というのは、自分のためより誰かのためのほうができますよね。そういう人が周りにいてくれないと私は困るんです。笑

安里紗:子供がいたら自分の仕事ができないということではなく、いた方が自分の力が最大限に引き出されるのですね。お仕事に対する考え方、家族との関わり方、いろいろお話を聞きできてうれしかったです。本日はありがとうございました。



今後はAAAでやっている表現を、もっと大きな規模でやってみたいと話すYukaオシャネシーさん。パリのJapan Expoのようなものをニュージーランドで起こし、現地の企業と日本のアーティストさんをつなげたり、アーティストさんが交わったりできる場所作りを考えているそう。自然体で人とのご縁を大事に、美学を持って活動する姿がすてきでした。



Astute Assembly store
76 Ponsonby Rd, Auckland 

@an_astute_assembly


Yuka&Tristan
@yukaandtristan


Text フェリックス清香

Photo Yuka O’Shannessyさん提供