障がい者福祉サービス事業所「空と海」の飲食部門である「らんどね」。
施設の利用者の方がホールスタッフを務めるこのレストランで
目にも舌にも美味しい絶品イタリアンを提供するのが、藤田承紀(よしき)さんです。
藤田さんの「ランドネ(randonnee)=回り道」について、お聞きしました。



■ 挫折、そして「料理」との出会い


鎌田安里紗(以下、鎌田):(藤田)承紀(よしき)さんは、ここ「らんどね 空と海」でシェフをされている他にも、ご自身で畑で野菜を育てたり、料理に関するセミナーやイベントをされたり、かと思えばダンスレッスンを持っていたり……多彩すぎて、いつも本当に承紀さんのことを不思議に思っています。いろいろやられていますが、どんな経緯でそうなったのかぜひ聞きたいです。

藤田承紀さん(以下、藤田):僕自身は「菜園料理家」という肩書で、8年間ほど活動しています。その前はダンサーでした。19歳の頃に大学のサークルでダンスを始めて、21歳の頃にはレッスンをもち始めていました。当時進路を迷っていたとき、ゼミの恩師が「藤田くんは好きなことをやりなさい」と背中を押してくださって、ダンサーになることを決めました。ところがほどなくして、怪我で半月板を割り、踊れなくなってしまったんです……とてもショックでした。手術をしなければ治らないと言われていたのですが、たまたま出会った別の先生は「歩いて冷やせば治るよ」という先生で、その言葉を信じて毎日歩く・冷やすを繰り返したところ、本当に良くなって。「もっと歩いてリハビリすれば治る」とのことだったので、気持ち的にも元気になりたいから、どうせなら世界遺産を見ながら歩こう!と、イタリアへ行ったんです。そこでイタリアの食と出会い、「食」というものに漠然と興味を持つようになりました。


 

鎌田:初っ端から非常に壮絶です……怪我がきっかけで「食」と出会ったんですね。


藤田:当時は、食とどう関わりたいか自分の中でも曖昧だったのですが、相談に乗ってくださった方がとても聡明な方で、僕の気持ちを言語化してくれたんです。それでその人が、僕の最初の師匠である料理研究家の方を連れてきてくれました。その料理研究家の方はとてもおおらかで、初対面だったのに「藤田くんいい子そうだから、私のアシスタントやる?」と。25,6際の頃だったかな。


■ いざ、イタリアへの料理留学

藤田:その頃には怪我も治っていて、ダンスをしながら、月に1,2回ほど料理研究家の師匠のアシスタントをするような生活でした。そんな生活が1年ほど続いたあとに、「そろそろ料理コンテストに出てみない?」と、師匠が提案してくれて。エル・ア・ターブル(現在ではエル・グルメ)という、若手の食業界人が出場するフードバトルのようなものだったのですが、僕はダンス仲間だけは多くて、彼らがみんな僕に投票してくれて、そのコンテストでなんと優勝してしまったんです。それで「これはやばいぞ」と。僕には料理の引き出しがなさすぎるし、遅かれ早かれボロが出るから、一度ダンスなどの仕事は全部辞めて、料理に専念しようと決めました。それでイタリアに料理留学へ行ったんです。

鎌田:そんな経緯だったとは……!優勝してしまったから料理を習いに行かねば、と。(笑)



藤田:普通逆だよね。(笑) イタリアでは研修先のレストランが選べるようになっていて、紹介元に「一番厳しいレストランにしてください!」って頼んだんです。そしたらそこが本当に厳しすぎた。軍隊みたいに厳しいの。ちょっと手をついたら「手ェつくな!」、走ったら「走るな!」、歩いたら「早歩きしろ!!!!」って。午前中に来た新しい人が、午後にはいなくなるくらい、本当に厳しいところでした。そこに7,8ヶ月いて、そのあとローマにうつってまた2,3ヶ月ほど働き、日本に戻りました。本当はイタリアに居続けようとも思っていたんですが、父が「今のお前は夢を見ているだけや。どうしても行きたければまた行けばいいんだから、とにかく1度帰って来い」と言ってくれて。実際に日本に帰ってきたら、もう自分のやりたいことや方向性は見えているし、日本にいる方が学べるなと思い、結局イタリアには戻りませんでした。

鎌田:そこから、日本での料理家としてのキャリアがスタートするのですね。

藤田:いや、実はそのあと一度料理の仕事はやめて、畑を始めたんです。料理をするには「旬」を知っていなきゃいけないなとか、口に入るものについてもっと理解したいから、自然農法や有機農法への興味もあって。



鎌田:それで料理を辞めてしまえる思い切りがすごいです。

藤田:辞めると言っても、二度とやらないわけじゃないからね。料理をやるからには「旬」を知っていたり、口に入るものへの理解が必要だと僕は思っていて、だったらネットや本で調べるより、実際に一つでも自分の手で育てたほうが早いと思ったんです。その方が人に伝えるにも、説得力が100倍くらい違う。僕、全速力で最短距離を行きたい人なので。

鎌田:全速力で最短距離、ですか。

藤田:ここで言う最短距離って、機械とか道具とかネットとか、便利で早そうなものを駆使して得られる最短距離のこととは違います。そういうのは、一見早そうに見えて、自分の身にはならないなと感じていて。自分の手から離れれば離れるもど、不確かなものになっていくというか……だから、畑を始めてみることについても同じで、調べるんじゃなくてまずやってみる。それは見る人が見れば非効率かもしれないけど、その回り道こそが、結果的に「全速力で最短距離」を行く道筋をつくってくれると思っています。


■ 畑がつないでくれた縁で、再び料理家に


藤田:自然農法や有機農法を試してみて、少しずつですが直売所で自分の野菜が売れるようになってきました。そのタイミングで、また料理の仕事をしたい、と。

鎌田:シェフではなく、料理家にこだわる理由は何かあったのですか?

藤田:明確にありますね。自分が受け持っていたダンスレッスンに通う子どもたちの夜食が、お菓子だけだったんです。このままで良いのだろうか、と思った瞬間でした。もちろんお菓子を全否定するつもりはありません。でも、ダンスっていう全身をつかう運動をする子どものご飯がお菓子だけだという現実は、変えていきたいと思いました。それに対して自分ができることってなんだろう?と考えたとき、仮にシェフになったとしたら、レストランという特別な場に親や子どもが日常的に通うことは難しい。それなら、家庭の食にアプローチできる料理家になるべきだ、と、料理家を名乗るようになりました。その後はありがたいことに様々なお仕事をいただいて、そのなかには本の出版のお話もありました。

鎌田:料理家になって、仕事が軌道に乗ったという実感がありましたか?

藤田:その実感はとても強いです。ダンサー時代もプロにはなったものの、大成したとは言えませんでした。でも料理家は、名乗った途端にあれよあれよ色々な仕事が舞い込んできて。形になるのが早かったので、きっと向いていたんだなと思います。もちろん、新たな門出を影で支えてくださった方がたくさんいたのですが。結局、料理家になって2年ほど経ってから、またダンスレッスンを持たないかというお誘いがあり、らんどねも始まり、今に至ります。1週間のうち3日間はらんどねと畑、それ以外の日はダンスレッスン、イベント、セミナー、そして休みを取ったりする今の生活スタイルに落ち着いています。


 らんどねの絶品ピザ。近所の梨農家さんが処分に困っていた古木を薪として活用し、釜で焼き上げる。



■ 判断基準は全部「人」


鎌田:ここまでお話を伺って、やっぱり承紀さんって私にとってとても不思議な存在だなと思いました。世の中にある全ての仕事は簡単ではないという前提に立ったとしても、承紀さんがされているどのお仕事も、とても大変で、簡単ではないことだと思うんです。エネルギーが必要なものばかりと言うか。それにも関わらず全てに対してモチベーションがとても高いですよね。さらに、以前私が「家庭菜園をやりたい」と言ったら、半日かけてホームセンターまで付き合ってくれましたよね。そのときの承紀さんの、もはや「優しい人」とかの表現では掬いきれないすごさがとにかく印象的でした。「食」への愛やエネルギーが尋常じゃない気がするのですが、そのモチベーションは一体どこから湧いてきているのですか?

藤田:うーん……というより、ありちゃんだからかな。(笑)

鎌田:え……!

藤田:「食」がどうとか、そういうことじゃないかな。

鎌田:え、それはつまり「人による」ということですか……(笑)

藤田:そうだね。(笑) 僕の判断基準は、全部「人」です。らんどねでの料理に欠かせない野菜も器も、全部それを扱っているその人が好きだから、その人から買っています。やるやらない、いるいらない、全ては相手の「人」次第かな。超えこひいき!って言われるかもしれないけど、僕にとってはこの考え方がむしろフェアで。だって、「仲良し度」が100の人と0の人がいたとして、その人たちに対等に接したら、それこそ0の人に対してのえこひいきじゃない?だったら100の人に100倍よくしたい。その方がよっぽどフェアだと僕は思っています。


■ すべてのことは表裏一体


鎌田:承紀さんは、ヴィーガンの食に対応した食事を考えていらっしゃると思いますが、ヴィーガンという「枠」の提案はしないですよね。その代わりに「ワンテーブル」*という新しい提案をしています。そのあたりはやはり意図的にされているのですか?

「らんどねコース」の前菜。野菜やフルーツを用いた美しいお料理が並ぶ。

*ワンテーブル…様々な食事のスタイルの人が同じ食卓を囲むこと



藤田:意図的、ですね。僕は、いいことも悪いことも、すべてのことは表裏一体だと思っています。「こういう人でも食べられます」とか「◯◯は使いません」とか、そういう表現をすると、それは結果的に誰かへの攻撃になっちゃうんですよね。「卵不使用です!」って言ったら、それを聞いた卵農家さんはどんな顔するだろう……自分がよかれと思ってやったことも、誰かを傷付けることがあるんです。だから常にプラスのベクトルでものを考えて発信していきたいと思っています。「これを突き進めれば全員ハッピーになるよ」なんてことはきっと存在しないはずです。

鎌田:とても共感します。この前、とある高校生の女の子から「◯◯(某ファストファッションブランド)の服を買っていいかわからない」という話を聞いたんです。彼女いわく、「大量生産をしているけど、企業として寄付を行なっているから、悪いのか良いのかがわからない」のだそうです。一緒に話を掘り下げていくと、「大量生産=悪」「寄付=善」と自動変換しているのだと感じました。実際は大量生産にだって良いところもあるし、全ての寄付が善とも限らないですよね。1つの事実に対して1つの見方しかしないのではなく、もっと各人がいろんな側面から検討できるようになっていく必要があるなと感じています。


■ ハンディを超える必殺技


藤田:以前に比べて、今はとにかく情報が蔓延しすぎていて、表面だけで判断する人が増えている気はしますね。僕はダンス教室を始めて15年ほど経つけれど、以前に比べてダンススキルの平均値は上がっています。youtubeにはダンス動画が溢れているし、個人でアクセスできる情報量が飛躍的に伸びているからだと思います。でもみんな、自分オリジナルの振りはなかなかつくれないんですよね。感覚的な話でしかないけれど、なんというか目を引く子が減った印象があります。「ダンス自体そんなにうまくないんだけどなんか見ちゃう!どうしても見ちゃうこの子!」みたいな子が減りました。ずば抜けた個性が減った感じがします。その点、らんどねの利用者の子たちは、一人ひとり尖りまくっていて、本当面白いですよ。凸凹すぎて、最高です。よく「藤田さん、福祉に携わっていて偉いですね」と言われますけど、自分としては「偉い」とか全く思ったことなくて、彼らの凸凹具合が本当に素敵だと思うからやってる、ただそれだけなんです。


メニューは、利用者さんたちの手書きのイラストと文字で彩られている。



鎌田:承紀さんのSNSのポストを見て、いい意味で遠慮がない物言いというか、普通のこととして語っているのが特徴的だなと思います。福祉の分野って、私にとってのエシカルの分野とも同じような感じで、どうしても周囲に対して遠慮というか、配慮というか、そういうことを気にしてしまって、当たり障りのない表現に落ち着いてしまうことが往々にしてあると思っているのですが……

藤田:僕にとっては、ありちゃんも、あの子たちも、みんな同じです。年配の方も、子どもも、みーんな同じなんですよ。でも、そう思っていない人が多いことも知っています。さっきの「福祉に携わっていて偉いですね」という発言は、「偉い」と言っている時点で、無意識だとしても差別ですよね。「そんな可愛そうな子を助けて偉いですね」という意味です。僕がらんどねで考えていることは、そういう人たちに対して、ここの利用者の子たちのハンディを超える必殺技を用意する、ということなんです。

鎌田:必殺技、と言いますと。

藤田:例えば料理の盛り付けは全て大皿スタイルにしていますが、それは必殺技の一つです。大きいお皿を堂々と持っていると、かっこいいでしょ?それに彼らにとっても、小さなお皿をたくさん運ぶよりも、大きなお皿を一つ運ぶ方が楽なんです。あとは、手作りチョコレートのカカオを全て手でむいていたり、お店のテーブルの仕上げは紙やすりだったり、コーヒー豆を挽くのに石臼を使ったり、それらも必殺技ですね。え、なにこれ!?って、障害を超えるインパクトをどれだけ与えられるかが、ポイントだと思っています。

この日も石臼で挽いたコーヒーをハンドドリップで淹れてくださいました。



■ まずはやってみて、向いていなかったら方向転換


鎌田:今やられている色々なお仕事も、一つの大きなビジョンがあってやっているのですか?それとも、人との縁からその都度生まれているものですか?

藤田:人との縁ですね。それに加えて、自分がやりたいことだけをやっているかな。苦手なことは100の労力をかけて取り組んでもやっぱり大変だろうけど、得意なことは1の労力ですぐにできちゃいますよね。その意味で、色々やっているように見えて、それ以外やっていないですよ。テレビもタバコもお酒も車もやらないし。一球入魂系の人間です。それを×10くらいやってるイメージかな。(笑)

鎌田:なるほど~。とはいえ、自分のやりたいことってなんだろうとか、これをやってみたいけどどうしようとか、迷うこともあると思うんです。そんなときはどうしていますか?

藤田:迷ったら、とりあえずやります。迷うってことは、やりたいかやりたくないかも分からないってことだと思うので。やってみて、向いていなければ、やらなければいいと思います。



鎌田:「向いていないからやめよう」という決断も早いですよね。

藤田:やめるというより、方向転換の方がイメージに近いかもしれません。進んだ道を戻るというイメージじゃないんですよね。進んだまま、そのあとの進む先の方向性を修正する、という方が近いです。

鎌田:実際、らんどねを始めるにあたり、迷いはなかったですか?

藤田:まーーーー(すごい溜め)ーーーーったく、ないっす!

鎌田:一体、なぜそんなに研ぎ澄まされたんでしょう?

藤田:たぶん、自分の手の届く範囲のことしかやっていないからだと思います。相手があの人だから、という判断基準で物事を進めて、自分の手の、目の、耳の届く範囲のことしかやらないからじゃないかな。よく勘違いされるのですが、僕は別に福祉に関することをやりたいわけじゃないですよ。もしそうなら、もっと他の施設に展開しています。そうではなくて、僕はここだから、彼らとだから、やりたい。出会ってしまったから、ただそれだけです。

鎌田:らんどねを他の場所でもやってください、と言われることもありますか?

藤田:ありますよ。でもそれって「あなたの、家族いいですね!他でもその家族つくらない?」って言ってるみたいなもので。そんな簡単にできる事じゃないんです。他のところに行く、時間を割くということは、今ここにかけている時間を削るということですから。



テーブルやイス、テーブルクロス、クッションなど、店内で目に入るほとんどのものは利用者さんたちが自ら作り上げたもの。



■ 秘めた才能を活かしきるための、他者の存在


鎌田:これからこうなっていきたい、こういう社会をつくりたい、みたいなビジョンはありますか?

藤田:昔は、10,20年後のビジョンを大事にしていた時期もあったけど……それも、結局は「自分の手の離れた範囲」のことなんですよね。10年後の自分がどういう能力をもっていて、そのときどういう人と一緒にいるか分からない。予想もつかないですよね。それなら、いま一緒にいる人たちと、いまの能力の自分とで、何ができるか考える方がいいかな、と。だから、強いて言えば僕のビジョンは「らんどね」そのものです。そのなかでは、自分のやりたいこと100のうち、1か2しかできていないくらいだと思っているので、あとは続けるだけです。

鎌田:こんなに素敵なお店でも、100のうちの1か2なんですか!

藤田:そうね。だって温泉も掘りたいし、体育館ができたらダンスもそこでやりたいし、ビーン・トゥ・バーの取り組みも軌道に載せたいし、店内のグリーンももっと増やしたいし、スピーカーとかの人工物をナチュラルにしたいし、真鍮もやりたいし、馬も飼いたいし……(止まらない)

(馬の話題でひと笑い)

藤田:こうやってレストランをやっていると勘違いされることもあるけど、ここの施設のお客さんは、食事を食べに来てくれる人ではなく、食事を運ぶ彼らです。一般の仕事が難しい彼らが日中を過ごし、自分の仕事を見つけて、少しの給料を稼ぐ場がこういう施設の果たす役割です。彼らが一日過ごすことで、国から施設にお金が入る仕組みになっていて、だから施設によっては、利用者をぎゅうぎゅうに詰め込んで、本を読ませたり寝かせたりして過ごさせるところもあると聞いたことがあります。でも、らんどねには、彼らの能力を形にしたいというコンセプトがある。だから小麦を自分たちで挽いたり、ひたすらヤスリをかけて木を美しく磨いたりして、それをレストランに食べに来た方にご提供しているんです。真鍮も、彼らの叩く能力を活かせると思って、だからやりたいんだよね。彼らの才能を活かせる舞台をもっともっとつくりたい。



鎌田:らんどねには、利用者のみなさんの能力が最大限引き出された、濃密な魅力を感じます。それがより増していくと思うと、とても楽しみですね。

藤田:才能を活かしきれていない、それはここの子たちも、そうでない人も、みんな同じだと思っていて。大成するとか世に出るとか、それって、その人自身に能力があることも確かに重要な要素ではあるんですが、それよりもその能力を見出して信じてくれる人、ファーストフォロワーがいるかどうかなんじゃないかなと思います。

鎌田:Little Life Labをつくった理由の一つもそこにあります。私自身、日々色々な人とあって、色々な話を聞いて、それぞれに本当に面白いことを考えているから、ひとりひとりがやりたいことを形にできたらめちゃくちゃ面白いのに!ってずっと思っていて。才能があっても、それを活かしきれないというか、安心して発揮できない環境にいる人が多いなと感じます。

藤田:それはそうだね。でも僕、昔友人から「俺は承紀みたいにできねぇよ!」って言われたことがある。それで気づいたのは、やりたいと思ったらやれる人はいるし、人に勇気を与えられる人もいるけれど、必ずしも全員がそうではないんだな、ということ。そういう人にとっては、「やりたいと思っていること」をやらないことが幸せな場合もあるんじゃないかな。



鎌田:やりたいことをやらないことが幸せな場合って、あるんでしょうか……?

藤田:うーん例えば、「フェラーリ買いたい!けど金がない!」って人が、金持ちの人から「買えばいいじゃん」って言われたら、辛いだけ。その前に、そもそも本当にフェラーリを買いたいのだろうか?必要なのか?自転車じゃだめ?って考える必要があるよね。本人も、アドバイスする人も。要は「やれないことをやらなくてもいい」ってことかな。「やれないのにやりたいと言ってることは、やれない」。

鎌田:ズバッといきますね。(笑) そうなってくると「本当にやりたいこと(やれるであろうこと)」って、見つけるのが難しいですね。本当にやりたいことが何か分からない、って、よくあることだとも思うんです。

藤田:本当にやりたいことが見つからないってことは、つまり、ないってことだと思います。停滞してしまう時期って誰にでもあるし、悪いことじゃない。そういうときは、周りに助けを求めたらいいと思います。

鎌田:それは本当にそう思います。そのために、いろんな人が自分の周りに居てくれるといいなって思いますね。


■ やりたいこと・やるべきこと・やれること


鎌田:最近は、以前にも増して「やりたいことをやりなよ」という風潮があるように思います。

藤田:「やりたいこと」だけにフォーカスを当てているから、危うさがあるのかもしれないですね。仕事の基本だけど、「やりたいこと」「やるべきこと」「やれること」の3つを同列に考えることはやはり重要ですよね。仕事もプライベートも、僕はそうしています。「やりたいこと」だけやっていると、ただの浮ついた人になる危険性があります。そういう意味で言うと、「やるべきこと」が一番大事かもしれないね。



鎌田:今の承紀さんにとって、「やりたいこと」「やるべきこと」「やれること」って何ですか?

藤田:僕の場合、全部一緒かもしれない……うん、合致してますね。全てが、らんどねです。まずもって自分の「やりたいこと」だし、能力を発揮できるから「やれること」だし、世の中がよい方向に向かっていくことだと信じているから「やるべきこと」だし……僕の場合は全部同じになっているけれど、その3つのバランスが取れていないときに、「やるべきこと」が増えていってしまう傾向はあると思います。極端に言えば「最低限、生きるためにお金を稼ぐこと」は優先順位を落とせない「やるべきこと」ですよね。でも、そこばかり見ると、「やりたいこと」をする時間がなくなってしまう。その点、「やりたいこと」と「やれること」をきちんと考えられていて、なおかつその2つが合致していると、「やるべきこと」は増えていかない気がします。

鎌田:「やるべきこと」についつい目がいってしまいますが、それも考えながら、「やりたいこと」と「やれること」も織り込んでいく、ということですね。

藤田:仕事や生活がうまく回るようになったのは、稼ぎを減らすと決めて、実際にそうした頃からのような気がします。働き詰めの毎日だと、泊まらなければならなかったり、タクシーを使ったり、外食せざるを得なかったり、支出も増えてしまう。でも稼ぎと仕事を減らすと、時間ができて、料理ができる。プラスも減るけどマイナスも減る。結果、プラスマイナスは、変わらない。けれど後者の場合、自分に技術が残りますし、誰かと時間も共有できます。収入が減っても、自分は向上していくんですよね。

鎌田:確かにそうですね。収入が増えることによって支出も増えていくのは、すごくよくありそうなこととしてイメージできます。

藤田:あるときタンスが必要になって買おうとして、結局知り合いの祖父から譲り受けたことがありました。ただ色々と壊れていて、修理に出すと10万円くらいかかることが分かりました。どうせなら、と、自分で全部修理したんですよ。10万円分の仕事をしたことになって、技術も身についたし。自分でやると、自分に残るんだなと思った出来事でした。

鎌田:なんでも自分でやってみるのは、大変なこともあるけどやっぱり楽しいですよね。

藤田:楽しいですよ!それにタンスに関しては、将来子どもに自慢できる話がひとつ増えたしね。プライスレス!




終始笑い(爆笑?)が絶えなかった今回の取材。藤田さんの人懐こさ、相手への最大限の思いやりが、人を巻き込み、巻き込まれた人が必ず笑顔になってしまう所以なのかもしれません。藤田さんの「ランドネ(randonnee)=回り道」のたくさんの登場人物たちとのエピソードを聞きながら、「人との縁に生かされることを知っている人は強い」、そう感じました。



藤田承紀(ふじた よしき)
菜園料理家

千葉県出身。イタリア・トスカーナ地方のレストラン「IL PELLICANO」や、ローマの老舗「AL CEPPO」にてイタリア料理を学び、帰国後は畑で野菜を育てる傍らで料理家としても活動。2017年4月に始まった「らんどね 空と海」の開業に向け尽力し、現在も料理に腕を振るう。その他、料理に関するイベントやセミナー、またダンスレッスンなど、複数の活動を並行して行なう。


らんどね空と海

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Text/Photo kaoaoaori