Little Life Labメンバーにインタビューをしていく「LLL member interview」。5人目は、3期生の山﨑明子さん。日本とインドを行き来しながら、アパレルのデザインや生産サポートにフリーランスとして携わっています。インドでの生活を届ける連載「インド便り」は、声を出して笑いたくなるとファン多数。関わる人をハッピーにする、明子さんの日常や目標を教えてもらいました。


鎌田安里紗(以下、鎌田):明子さんは普段どんな生活をしているんですか?

山﨑明子(以下、山﨑):一年のうち、だいたい日本に半分、インドに半分の生活をしています。仕事は、アパレル関係の生産サポートや買い付けのサポートが中心です。日本の会社から注文を受けてインドの工場で生産し納品されるまで、間に立っていろいろなやりとりをします。服以外にもインドのベッドカバーがほしいと言われたら買い付けに行ったり家具や什器を選んだり。洋服や雑貨のデザインの仕事もしています。

鎌田:肩書きは何になるんでしょう?

山﨑:肩書きを聞かれるといつも困っちゃうんですけど、名刺には「インド専門」って入れてるので「インドの何でも屋さん」って感じですかね。

鎌田:「インドの何でも屋さん」、いいですね!おそらく皆が気になるであろう、今の肩書きに辿り着くまでのことを教えてください。


山﨑:以前はアジアン雑貨を扱う東京の会社で働いていました。
出身は新潟で、以前から、なぜかアジアン雑貨が好きだったんですよ。私服の高校に通ってたんですけど、卒業式はアオザイを着たんです。ベトナムにゆかりはないんですけど(笑)母の実家がもともと染物屋で、母が趣味で染め物をやっている姿を見ていて。布が近くにある環境だったと思います。

鎌田:では、生地や染めには昔から親しみがあったんですか?

山﨑:そうですね。祖父はすでに引退していたので、実際に作業を見た記憶はないんですが、遊びに行くと家の裏手に作業場がありました。そういう環境で育ったからか、子どもの頃からデザインの仕事がしたいと思っていて、服飾デザインの専門学校に進学しました。卒業後は一度、普通のアパレルの会社に入ったんですよ。でも、「何か違うな」と違和感を感じていました。

鎌田:求めていたアパレルじゃなかったということですか?

山﨑:そこでは大人の女性向けの綺麗めなブランドに配属されました。会社はすごくいい方ばかりだったんですけど、違和感が拭えずに半年ぐらいで辞めて、もともと好きだったアジアン雑貨の会社に転職しました。

鎌田:アジアン雑貨の会社は、お洋服も扱う会社なんですか?

山﨑:そうです。洋服のデザイナーとして入ったはずが最初の2年間はあまり関係ない仕事をしてたんですけど、そのあとデザインの部署に移動させてもらって。13年間、同じ会社でデザインの仕事をやりました。色んな国と取引があったんですけど、なぜかインドのデザインだけを任されました(笑)

鎌田:その13年間は日本に?

山﨑:初めは日本にいたのですが、30歳になる年にいろんな出来事が急に起こって…

鎌田:変化の30歳!

山﨑:インドの社長が出張で日本に来て、仕事が終わった後に皆でご飯を食べに行ったんです。飲みながら、もっと品質を良くするためにはどうしたらいいかっていう話になったときに、インドの社長が、「誰か一人インドに来て、指導してくれればいいじゃないか」って言ったんです。日本の社長が、「それじゃあ誰がいい?」って聞いたら、ぱっと私の方を見て、「明子さん」って。それで翌日会社に行ったら、「じゃあいつから行ける?」って聞かれて。すぐにビザを取りました。


鎌田:ためらいはなかったんですか?

山﨑:いや、びっくりしました。でも、短期間なら大丈夫かなと思ったんですよね。結局心配ですごい泣きながら空港へ行ったんですけど。

鎌田:意気揚々と行ったわけじゃなかったんですね。

山﨑:一人でできるのかなという不安があって。その前にも出張でインドに行ったことはあったんですけど、その時は上司や先輩と4人ぐらいだったんですよ。それなのに、急に一人で3週間だったので。

鎌田:その3週間は工場に入り浸りだったんですか?

山﨑:入り浸りです。それまでの問題点を全部持って行って、改めてルールを見直そうという大きなミッションがありました。

鎌田:重いミッションを背負ってインドに行って、実際どうでしたか?

山﨑:それがめちゃめちゃ楽しくて。みんな前向きで素朴で優しいし。よそ者が来ても、つんとすることもないというか。こういう理由でこうしたいんだよって、拙い英語を通訳してもらいながら指示すると、きちんと聞いてくれたんです。

鎌田:めちゃめちゃチャレンジでしたね。楽しく乗り越えたわけですね。

山﨑:日本に帰ると、「で、次いついけるの?」と聞かれて。その時からもう、インドに行って日本に帰っての繰り返し。当時は会社員だったので選択権があまりなく、一度に3カ月間とか、今より長い期間行ってました。

鎌田:辛くなることはなかったんですか?

山﨑:慣れちゃって、だんだんインドの方が楽しくなってきたんです。

鎌田:初めの頃、衝撃はありましたか?

山﨑:衝撃はいろいろありました。最初3週間滞在したときに、工場のゲストハウスにいたんです。世話をしてくれるそこのおじさんが一切英語を話せなくて。私も当時ヒンディー語は全然しゃべれなかったので、「明日何時に行くよ!」がまず伝わらなくて。それで最初にヒンディー語の数字だけを覚えました。あと、お湯の出し方を知らなくて、出ないものだと思い込んで、ずっとお湯のシャワーが使えなかったんです。でも、ある日インドの指差し会話帳を持っていって、お湯が出ないという項目を見せたら「ここのスイッチを入れるんだよ」って教えてくれて(笑)。そういう出来事が最初はたくさんありましたね。



■インドでだけ感じる「モノをつくる」という感覚

鎌田:フリーランスになったのはどんなタイミングだったんですか?

山﨑:インドに通い出して5年ぐらい経ったとき、完全にインドの方が楽しくなっていたんです。自分から「次はこのぐらいの時期に行きたいんですけど」って会社に言うぐらい。なぜかって、モノを作るのが好きでデザインの仕事をしていて、それまでも商品を作ってはいたんですけど、その感覚があまりなかったんです。例えば、デザインと仕様書を書いてインドにメールを送ると、ある日突然サンプルが届く。ちゃんと指示通りに来るし、間違いがあれば修正指示を出す。それから生産をしてもらって納品がきて店舗で売り出す。でも、生産って言っても製品がインドから届くだけで、作っている実感が持てなかった。だけど向こうにいると、完全にモノづくりなんですよね。布を切ってる姿なんかを見るだけで楽しくて。この環境の方がいいなと思ったんです。


鎌田:モノが生まれてくる場所に、できるだけ身を置いておきたいなって感じたんですね。

山﨑:そうです。あと日本にいたとき、サンプルが届いても修正した部分が何でまた直ってないんだろうとか疑問に思うことがたくさんあったんです。生産側も理由を多くは語ってこないし。でも、インドにいたら、実際に何が起こっているのか原因が分かるんです。会社での仕事は好きだけど、もっとそういう生産の現場や他のやり方も見てみたいなと思い始めたタイミングで、会社の方から「新しくお店をオープンするから、そこのマネージャーになってほしい」って言われたんです。

鎌田:えー!まさかの。

山﨑:ゆくゆくはまたインドに行けるようになるけど、まずはその店を軌道に乗せてほしいって言われて。引き受けて、立ち上げをやってみて。接客してお客さんが喜んでるのを見ると嬉しいし、実際どういう人が買っているのかという勉強にもなる。でも、楽しかったんですけど、何か違うんだよなって。なんだかしっくりこなくて、一社目を辞めたときの感覚になりました。

鎌田:すごいですね。自分の中のずれに敏感。

山﨑:それで、辞めますって会社に伝えました。

鎌田:止められなかったですか?

山﨑:ちょっと止められましたね。困りますって。でもすごく良い会社なので、やりたいことがあると伝えたら、急にフリーランスになっても仕事ないと思うから、うちの会社の生産の仕事をすればって言ってくれました。

鎌田:すごい、いい関係ですね。じゃあそこから業務委託みたいな形になったんですね。

山﨑:そうです。やってることは同じなんですけど、ただ業務委託に変わる感じ。もう少しで丸3年なんですけど、今までずっと良い関係です。

鎌田:インドに半分いる生活になって、もう8年経つわけじゃないですか。飽きはしないんですか?

山﨑:それがね、飽きないんですよ。

鎌田:飽きてなさそうと思って(笑)仕事で一番わくわくする瞬間ってどんなときですか?

山﨑:私、はまったらとことんはまるタイプなので、楽しい~、生きてる~みたいな感覚を仕事の中から得ることが多いんですけど、その中でも、一番はやっぱりモノを作ってるときですかね。プリント柄を選んだり、自分でデザインしているときはやっぱりわくわくします。それと同じぐらい、生産者に会いに行くのも好きです。

鎌田:自分で書いた絵柄が目の前でモノになっていくわけですもんね。

山﨑:全部の工程に付いて行って、パターンを引いてるところを見て、それもうちょっとこうしてとかうるさく言って(笑)そうやってできていくのを見るのが、やっぱり楽しいですね。

鎌田:それが実際に商品になって誰かが着るわけですもんね。すごいことです。街中で自分がデザインした服を着てる人を見かけることはありますか?

山﨑:あります。「これインドで〜」って説明したくなっちゃう。生産に携わった服を着てる人を見かけることもあります。めちゃめちゃ嬉しいですね。


鎌田:逆に大変なこともありますか?


山﨑:いっぱいあります。日々いろんなトラブルが起きるんですけど、日本の人とインドの人の感覚が違うので、その間にはさまれたときがけっこう大変です。日本の人って計画するのが好きで。日本の生活って大体計画通りにいくじゃないですか。電車が時間通りに来るとか。でも、インドの生活って、何もかも計画通りにいかないんですよ。だから計画を立てなくなるんです。逆にいうと、その場その場での機転が利くんですよね。だけど、日本だと機転を利かすより、計画通りに進む方が大事ですよね。インドの人は最後に帳尻合わせればいいという感じなんですけど。そういうずれを感じることは多々あります。
あと、ミスが多発するんですけど、本人たちには悪気がないんです。一回本当に膝から崩れ落ちたことがあって。日本の会社さんからの手刺繍の洋服の注文で、もともと刺繍はコットンの糸を使う指示で、さらに品質表示を日本で印刷する関係で刺繍糸がちゃんとコットン100%になっているかどうか最終確認があって。その場で工場のスタッフから刺繍の工房に電話してもらって、コットン100%の糸を使っていることを確認して。その後、納期ぎりぎりになって工場に戻ってきた製品を見たら「あれ、これコットンかな?」って。血の気が引いて急いで工房に連絡すると、「ポリエステルだよ」っていうんです。生地がコットンじゃなかったから、滑ってしまってコットン100%の糸が使えなかったみたいで。工房側はコットンだときれいな刺繍にならないから、と悪気があって変更したわけじゃなかったんだけど、その報告をしてくれなかったという。

鎌田:そういうときはどう対応するんですか?

山﨑:やり直すにしても、また生地を発注して裁断して洋服を生産するところから始めないといけないので。もう納期もギリギリだし、いつまでも怒っていても仕方ないからできることをしようと。とりあえずお客さんに連絡して、状況を説明して…っていうことが結構あります。

鎌田:でも、そういうのってどうしたらいいんですかね。

山﨑:どうしようもないことが多くて。もともと会社員として働いていたので発注する側の気持ちも、工場にいて生産する側の気持ちも両方分かるから、こちらにはこちらの事情があったことを言いたいけど、困るのは発注してくれた会社さん。だから起きてしまったことを正直に言うしかないんです。失敗した原因について必要以上に怒ったり責めても何も生まれない。しっかり注意はするけど、時間にもパワーにも限りがあるし、とにかく今自分にできることをやったほうがいいという考えに変わりました。

鎌田:素敵。そうやって生産者さんと繋いでくれる人って貴重だと思います。板挟みになることもありますか?

山﨑:なりますね。発注元の会社さんからきつく言われるときもあるけど、工場にはそのままダイレクトには伝えないようにしてます。最終的にいい製品ができればいいだけなので、誤解だったり、そこまで言う必要ないと判断したら、何が言いたかったのかを要約して生産性のあることだけを伝えます。逆に先方が言及していないことを指示に付け加えることもあります。インドの人は一方的に怒られるのが嫌いなんですよね。良い商品を作るため、モチベーションを上げるには褒めること。手仕事を見たら感動するし、なにか問題があっても、こうしてほしいってシンプルにそのまま伝えるほうがいいんです。

鎌田:じゃあポジティブなことは素直に伝えて、ネガティブなことは建設的なことだけを伝えてるんですね。


山﨑:最後に良い商品が出来上がって、自分も含めて、みんながハッピーだったらそれでいいと思うんです。全体的に見たときに生産にとって何が一番良いかなっていう。それは商品の出来栄えだったり、納期だったり、信頼関係だったり、たくさんの要素があるんですけど、大事な部分をあんまりぶらさないようにしています。生産管理の仕事は、ただ言われたことをしたり伝えたりするだけではなくて、そういう広い意味でのアレンジの仕事だと感じています。


鎌田:すごく大事で、すごく難しいことですね。お店でモノを買う立場だと、それだけ多くの人が関わっているなんて想像できないですよね。日本のお店で売られているものはクオリティも高くて、人の気配がしないものも多いし。

山﨑:みんなが思ってる何十倍も人がやってるっていう。



■休日も日本でも、頭の中は「モノづくり」のこと

鎌田:明子さんってあんまり、仕事とプライベートの境はないですか?

山﨑:あんまりないです。今はフリーランスなので、全然分けようともしてないですね。

鎌田:インドにいて、休みの日は何をしてるんですか?

山﨑:家にいても暇なので、結局工場に行ってます。生産現場に行くことが多いかもしれません。合間にカフェに行ったり、映画を見に行くこともありますよ!


鎌田:逆に日本にいるときは何をしているんですか?

山﨑:日本にいるときは取引先の会社さんに行ったり、街に出て今何が売れているかリサーチをしたりしています。やっぱり仕事をつなげるためには、売れるものを作らないといけないんですよ。久しぶりに日本に帰ってくると、前はなかったよなってものがよく分かるんです。

鎌田:おもしろい!逆に変化がわかるんですね。

山﨑:そうなんです。インドの生産者に「仕事ない?」ってよく聞かれるので日本でリサーチしておいて、「こういうの作ってみたら?」って提案して、作ってもらったものを日本の会社に売り込む。



鎌田:「デザインが雇用を生む」。以前に明子さんが言っていたことに通じますね。
Little Life Labで企画した旅で、一緒に行ったモンゴルで、刺繍の技術を生かしてモノづくりをしている工房に行ったときに、明子さんが「やっぱりデザインが雇用を生むよね」っておっしゃっていて。つまり、いいデザインでそれがきちんと売れればどんどん仕事が生まれるけど、デザインがよくないと、せっかくいい技術があっても仕事につながらないから。

山﨑:買う方も、使いづらいな、派手だなって思いながら使うのは嫌じゃないですか。それがないのが一番いい。使いやすくて、次もまた買いたくなるような。だから作るほうも、デザインも品質も上げていかなきゃいけない。みんながハッピーなのがいいんです。



■インドの商品と日本の買い手をマッチングできる存在へ

鎌田:仕事としてこれからチャレンジしたいことはありますか?もうすでにやりたいことをやっている感じがしますが、さらにチャレンジしたいことあれば教えてください。

山﨑:どこまで手仕事でできるか挑戦してみたいなって思っています。本当にハンドメイドの技術がすごいので、それを生かせることや商品づくりをしてみたいです。
あとは、今の自分の問題点でもある、インドの工場と日本の会社さんとのマッチングの部分。例えば、天然染めのナチュラルダイって気温で出る色が変わるので、製品サンプルを作る時期と実際の生産の時期が違うと、色ブレがあるんです。それが問題になったことがあって。でもそれって、もともと色ブレが嫌だったんならナチュラルダイを選ぶべきじゃなかったんですよね。最初のその擦り合わせが大事だなと感じて。うまくマッチングできるようになることが、今の仕事の中の課題です。

鎌田:モノづくりの摩擦を減らすっていうことですね。めちゃめちゃかっこいいです。良し悪しじゃなくて、全てに違いがありますもんね。


山﨑:ナチュラルダイを好む人にとっては、色ブレは全く問題ないんです。むしろそれが味だからと大事にされることもある。でも、もしサンプルでお客様に配るカタログを撮影してしまった後だと、あとからくる製品の色が違うと問題になってしまう。カタログを撮るならナチュラルダイは選ばない方がいいとか、ナチュラルダイを選ぶならカタログには載せない方がいいとか。インドの生産者と日本の会社さんの両方が困っちゃうのが一番嫌なので、間にいる自分が、うまく希望を汲み取って、擦り合わせができるようになりたいなと思います。

今はコロナの影響でインドへは行けないのですが、長かったロックダウンの影響で工場だけでなくインドの生産者みんなが困っていて。インドのみんなと連絡を取り合いながら日本からできることを考えていきたいです。



Photo: kaoaoaori

Text: Yui Machida